この計画は、U.I.A(世界建築家連盟)主催の国際学生設計競技において最優秀作品に選ばれ、1981年6月 21日ワルシャワで開催された世界大会において表彰されたものである。
設計競技は、3年ごとに開催される世界大会に際して行なわれているもので、今回は「荒廃した都市環境にお ける小ュニットによる再生」というテーマが与えられた。 世界37カ国の大学より 228点の応募作品が寄せられ、そ のうち当計画と日本大学の計画を含む20点の作品が最優秀作品として選ばれた。
選ばれた20点の内、19点の作品が都市における“荒廃”の定義を物理的な状況を対象としたのに対して、こ の計画は、“荒廃”を単にその環境における物理的悪化や、機能の低下といった捉え方ではなく、都市の歴史 や,文化的背景を基にして“荒廃”を考えたものである。すなわち、東京における坂と橋の修復を通して“市街地における場所性の回復”を図るというものであり、都市環境の再生理論を展開していったものである。
この再生計画の対象として提案されている巨大都市東京でも、かつては、社会階層等によるまとまり、すなわ ち、コミュニティーが良好に存在していたのである。が 今日の急激な都市の発達による集密化が進み、かつて持 っていた地区や地域の固有の性格が弱められてしまい、 際限なく広がった画一的な性格の都市となってしまった のである。これらがもたらしたものは、コミュニケーシ ョンが良好に成立する住民の単位(まとまり)を不明確 にしてしまった。以上のことを踏まえて、この計画で は、再生の最終的な目標として、人々の歴史的な記憶と 連結するような物的エレメント、すなわち坂と橋の修復 を通して“場の意識”の回復を図り、加えて地区におけ るまとまりの回復を図るものである。
東京には、2つの地形的特徴を見い出すことができる。すなわち、微地形の群と、埋立て地と運河の群であ り、前者は、浸食により海抜で15~30mの高さで、10m~1㎞の浸食の奥行・長さを持ち、山の手の地域的な発達を引き起こさせた不変的な構造である。高平部は、住居地域として、谷部はローカルな商業地域として、地形に適合するように、ある領域のまとまりを持って町が形成されてきた。この地域において、一区内の高平部と谷 部をつないでいる坂に注目して見ると、領域と領域とを結ぶ動線としても、また視覚的にも重要な要素であることがわかる。
また後者は、下町の増加成長に伴って形成された構造 であり、運河と埋立地は同時に構成され、領域のまとまりが存在していた。同じく橋も、坂と同様に、増加してゆく埋立地をつなぐものとして重要な要素であった。
歴史的に見ると、山の手地域の坂と下町地域の橋は、都市景観上シンボリックな要素であった。すなわち、都市生活を営む上で、活動の際、場所の手がかりとなったり目印・目標の役目を果たし、結果として、効果的に都市にわかりやすさを付与していた。しかし、都市化による建込や社会体制の複雑化は、場と場の結びつきを弱め同時に、その各々が持っていた領域の個性を急激に弱める結果となってしまった。したがって、坂と橋のシンボリックな機能もまた結果的に、衰弱へと傾いていった。
坂や橋は、一般的な都市デザインの中においてはたいへん小さな要素(微要素)である。が、しかし、それらに 注目して見ると、東京の市街化した地域に広く分布し、加えて歴史的意味を持つことから、領域の個性を明確に するための鍵となり得る重要な要素なのである。
すなわち、坂と橋という微要素は、地域の再生のための手だてとして有用かつ効果的であり、都市デザイン上有効な戦略的要素なのである。
ケビン・リンチは著書「都市のイメージ」の中で、都市を認識する際ディストリクト, パス, エッチ, ノード, ランドマークという5つの要素を挙げることができると述べている。これを日本の都市概念にあてはめて考えてみる時、エッチでもなくパスでもない、あいまいな空間が存在するのではないだろうかと考える。すなわち、前述のケビン・リンチによる5つの要素に加えて、日本の 伝統的空間であるトランジションスペース(移行空間)という要素を含め、6つの要素によって都市を認識し説明できるのではないかと考えたのである。
トランジションスペース(移行空間)は、ある部分からある部分へと移りかわる空間を指す、つまり、前述の領域相互の接点である坂や橋は、トランジションスペースとして認識される日本的な都市要素と言うことができる。
場所性の回復のための手だてとして、坂と橋を取り上げ、修復し提案するために現状調査を行なった。
坂については、旧江戸内で、江戸時代から名前の付いていた約400の坂について行い、橋についても現在の中央・江東・墨田の3区に存在する227の橋について行なった。
因みに、東京の下町地域には約300の橋があり、その内の大部分は前掲の3区内にある。
この調査を通じて、坂についてもまた橋についても、それぞれにその置かれている周辺の状況、すなわち坂にあっては、公園、社寺、民有地等の隣接地と坂の関係および坂の平面的な街路形態について、また橋にあっては、橋のたもとの使われ方、および橋と街路との関係等についていくつかの共通点があることに気がついた。それらの調査結果を基に、何種類かの代表的タイプを抽出 し、分類することによって、具体的修復のための方法論および一般解を探り出す重要な手がかりを得ることができた。